軽量装具

2016年8月27日(土)

指から腕までの腫れもひいてきたのと、指の可動範囲も広がってきたということで、それに合うよう装具を新しく作ってもらいました。


スプリントと呼ばれる装具らしいですが、これまでで一番軽いです。


指先を使う練習もできます。


作業療法士の先生は、材料となるスプリントシートを手に当てて目印を付けたらそのままカットしました。切り込みを入れたらお湯で柔らかくして、手にかぶせて形を整えながら微調整して完成です。

いつもながら、職人技に感心するばかりでした。

ボールペンが握れるようになりました

2016年8月24日(水)

事故から4ヶ月、神経再建手術から1ヶ月が経って、ようやくボールペンを握る程度まで指を動かせるようになりました。


実際は、握ると言うにはまだまだ心許ない加減なので、もっと実用的になるようリハビリに励む今日この頃です。

山の日に山梨へ山盛りの富士山丼を食べに行くツーリング~圏央道・関越道・秩父・雁坂トンネル経由~

2016年8月11日(木)

8月11日は今年から新たな祝日となった「山の日」。それにちなんだわけではありませんが,今回は埼玉県秩父の山あいから雁坂トンネルを抜け山梨県へ向かいました。
観光ポイントとしては,秩父長瀞の景勝地岩畳,絶景のループ橋雷電廿六木橋,明治から平成にかけて実際に使われた鉄道トンネル大日影トンネルです。
もちろんグルメも。秩父長瀞といえば阿佐美冷蔵のかき氷。後述しますが紆余曲折ありました。メインはタイトルにある,世界遺産登録記念 3,776円也の富士山丼!!
参加メンバーは,伊集院さん@CB1300SF,古橋さん@CBR1100XXSBB,熊谷@MT07,そして,このブログの本来のブログ主リトル長沢です。いつもの五十路のおじさん連中です。



早朝に集合・出発,圏央道・関越道を経て秩父方面へとルートをとりましたが,この山の日からお盆休みが始まっているとのことで,関越道は渋滞していました。花園インターでおりて,まずは長瀞岩畳を目指します。
長瀞での一番の目的は,阿佐美冷蔵本店のかき氷!!ただ開店が10時からなので,その時間調整の意味合いも含め,岩畳の散策と相成りました。



長瀞岩畳の景観に目を奪われたり,行き交うラフティングのカヌーや,観光川下りに目を留めたりしているうちに,時刻はあっという間に10時を回ってしまいました。開店時間を過ぎてもまだ間もないから少々並べばかき氷にありつけるだろうと高をくくっていました。我々はその辺の事前リサーチが足りなかったことをこの後痛感させられました。

阿佐美冷蔵本店に駐車場はありません。50Mほど通り過ぎたガソリンスタンドの敷地が有料駐車場として使われており,そこに1台約300円を払って停めました。案の定,行列が出来ており,その最後尾に並びました。で,その行列はどこまで続いているかと偵察してみると・・・。


先頭はどこなのか定かではなく,待ち時間の予想が全く付かないので,協議の結果ここを後にしました(駐車場代がもったいなかった・・・)。

とは言っても,かき氷を諦めたのではなく,長瀞駅前のあたりに阿佐美冷蔵製”氷”ののれん旗が掛かっていたのを思い出し,その方面へ戻りました。するとちょうど駅前通との交差点角の「お食事処さくらい」さんの駐車場が空いており,ズバリそののれん旗もかかげてありました。


店のおばちゃんいわく,「あそこは3時間待ちはざら。うちも同じ氷だから正解だよ」とのことでした。値段は良心的な350円。まあシロップはよくある屋台のかき氷と同じものでしたが。私のアテにならない舌の感じとしては(ちょうどその前日に屋台のかき氷を食していた),まろやかできめが細かくさすが天然氷!と評しておりました。ところが,後でわかったのですが,なんと今年は暖冬のために天然氷は6月で打ち止めとのこと。恥じ入るばかりです。


長瀞を後にして次は雷電廿六木橋を目指します。通常ルートとしては彩甲斐街道国道140号を行くのですが,途中で県道37号線に入りました。140号線はGoogle マップ上で渋滞箇所が多数あり,一方の37号線はワインディングロードもいくつかあるようで快適に走れると見越したのでした。実際,快適でした。

また国道140号に戻りいよいよ雷電廿六木橋です。読みは「らいでんとどろきばし」です。この橋は1998年に完成し,数々の土木関係の賞を受賞しているとのこと。最近はドボジョなる言葉も生まれ,土木は女子にも脚光を浴びているようです。
橋の中間部分に観覧用の駐車場があります。確かに見事な橋でした。





続いても土木がらみです。いよいよ雁坂トンネルに入ります。このトンネルは一般国道最長トンネルでトンネル部分が6625kmあります。昨年度の半年間は観光需要喚起のため無料でしたが,残念ながら今は有料に逆戻りです。その他このトンネルについての詳細はリンクを貼りますのでこちらをご覧下さい。
高速道路でのトンネルと違って,一般道では速度が限られますから,ほんとに長く感じました。だいぶ走って出口の明かりかと思ったら対向車のヘッドライトだったというのが何度かありました。

山梨県側に料金所がありオートバイは580円を支払いました。同じ二輪車でも原付はたったの70円です。この違いはなに??
そこから,ひたすら下って本日の昼食場所である「お食事処はくさい」さんを目指します。昼食に関しては,雷電廿六木橋より手前のバイク弁当大滝食堂という案もあったのですが,見たところ店じまいをしてしまったようでした。


13時半をまわった頃にはくさいさんに到着しました。バイクがけっこう停まっており,ライダーにも人気の食堂ということがわかります。入り口に,どーんと富士山丼の大きなのれんが掛かっておりました。


この富士山丼は,3年前に富士山が世界遺産登録されたのを記念して作られたそうでお値段は高さにちなんだ3,776円です。富士五湖や樹海をイメージしたとか。メニューには5人前とありましたが,我々は躊躇なくこれを頼みました。そして,ついに運ばれてきました。


この表情を見てください(ってちょっとオーバーですね)。ちらし寿司を作る寿司桶に大きめの海老天が15本ぐらい,特大の穴子天2本,舞茸天やレンコン天が10本以上,さらにいんげん豆天やサニーレタスがまぶされ,見た目は富士山とそのふもとに広がる樹海のようでした。ほかにちゃんと人数分のお味噌汁とお漬け物が出てきます。

その味は・・・海老がプリップリです。舞茸もスーパーで売っているパック詰めの舞茸とはひと味もふた味も違うおいしさ。これで5人前3,776円は超お得です。我々は3人でしたがそれでもコスパは優れています。

美味しくとも,五十路3人にはだんだん苦行のようになってきました。でも,せっかくの世界遺産記念,気力を振り絞って完食しました。


これがその証拠写真です。なんとありがたいことにアイスコーヒーまで付いてきました。レジでの支払いの時におばちゃんから,「3人では厳しかったでしょう」と言われました。おっしゃる通りです。バイクにまたがって前傾姿勢を取ろうとしてもおなかがつっかえるのがわかりました。こんな苦しみは去年の五浦ツーリングでの天心丸以来です。


そして本日の最終目的地である大日影トンネルに向かいました。ところがなかなか見つからなくて右往左往。ぶどう畑の中を縫うように通る小路を抜けようやくたどり着きました。そこには,非公認ボランティアガイドのおじさんが,熱くこのトンネルのいわれを語っておりました。ただ,残念ながら,今年の4月から経年劣化のため中には入れなくなってしまいました。



それでも,トンネルに近づくと内部からの冷たい空気がまるで天然のクーラーのように心地よい風を運んできます。その温度差は10℃ぐらいはあるでしょうか。寒いぐらいに感じました。

その後,近くの中央本線勝沼ぶどう郷駅まで歩いて行くと,昔のスイッチバックの跡や,旧ホーム,さらに電気機関車が静態保存されていました。鉄ちゃんにはたまらないでしょう。



もう時刻は16時を過ぎました。勝沼インターチェンジを目指して勝沼フルーツラインを走ります。見渡す限りのぶどう畑。茨城県にも八郷地方にフルーツラインと称した道がありますが,比べものになりません。勝沼が甲州ぶどうの一大産地というのがはっきり認識されました。道沿いには農園の直売所がたくさんありました。秋にはぶどうで大賑わいでしょう。
その農園の軒先に不思議な物体が・・・。


この軽トラは果たして走れるのか???と疑問を抱きながら勝沼を後にしました。

帰途も中央道の渋滞メッカ小仏トンネルで渋滞に遭いましたが,圏央道に折れてからは快適なクルーズランとなり無事に茨城に帰ってきました。

総括として,伊集院さん@CB1300SF のお言葉を紹介しましょう。
「今回のツーリングでは、日影トンネルが一番印象的でした(^_^)a。冷たい風が常に心地よく流れてきていて、とても気持ち良かったです。古い趣きのある建造物で雰囲気がどことなくヨーロッパ風で、非常に丁寧に作られているのがわかるトンネルでした。ボランティアのおじさんが来る人、来る人に嬉しそうにトンネルの説明を唾を飛ばしながら熱く語っていたのも、印象的でした。富士山丼も、気持ち悪さが無くなった今では、いい思い出になったと思いますが、食べ過ぎは体に非常に悪いということを改めて学ばせて貰った感じです」


最後に,現在懸命にリハビリ中の,本来のブログ主長沢さんに感謝です。このツーリングプランはすべて長沢さんが計画してくださいました。我々はそれに任せっきりでした。ほんとに素晴らしい旅となりました。早く治してまた一緒に行きましょう。

走行距離:366km

走行ルート: https://goo.gl/3AZmA3





首曲げ解禁

2016年8月10日(水)

退院後初めての診察に行ってきました。


尺骨神経部分移行(オバーラン/Oberlin)や副神経移行で繋いだ神経が切れてしまわないよう、手術後は首や腕の動きを制限されていました。

とくに首は、寝ているときや、とっさの時に右を向いたりしないようにと、カラーを巻いていました。

今日の診察で首を動かしてみて、特に痛みを感じることもなかったので、カラーをはずしても良いことになりました。

また、腕もずっと三角巾で釣ったままでしたが、肘の曲げ伸ばしもOKになりました。

手首のレントゲンを撮ったのですが、紙に印刷したものをいただくことができました。

まだ橈骨にプレートが一つ残っているのが良くわかります。

尺骨頭切除して、尺骨が短くなっているのも分かりますね。


橈骨の粉砕箇所は、だいぶくっついてきているとのことでした。



尺骨頭切除ビフォーアフター

2016年8月7日(日)

尺骨頭切除手術をして、たしかに手首のくるぶし(尺骨茎状突起)が引っ込みました。


引っ込んだというより、無くなったという感じでしょうか。

切ったんだから当たり前ですね。

ドクターの説明では、尺骨頭切除しても、生活にほとんど支障はないとのことです。

でもそれは、「今までのように手首に高い負担をかけることがなくなるのだから。」という前提でしょうか。

おみやげ

2016年8月3日(水)

退院するとき、お土産をいただきました。


今回の手術で手首から抜いたプレートとネジです。

総称してインプラントと呼ばれるらしいです。

ビスが思いのほか長いので、よく痛くなかったもんだと感心しました。

まだ、手首にもう一つ、鎖骨にも一つ残ってるそうなので、こっちもいつかは抜くんでしょうか。

腕神経叢損傷と神経再建

2016年8月1日(月)

明日、筑波大学病院を無事に退院することになりました。そこで、今回の神経損傷と再建手術の内容について整理してみました。


最初の診断書で「左腕神経叢損傷」とありました。
今回の手術でも「腕神経叢展開」とあります。
「叢(そう)」とは草むらのことだそうです。
つまり左腕を司る神経が、草むらのようにたくさん集まった場所を指すそうです。

草には根っこがあります。
神経の根っこは首や背骨にあります。
脳から束になった神経が背骨の中を下りてきて、骨の隙間から目的の場所へと枝分かれして伸びていきます。

腕神経叢は、首の部分の脊髄から出て来る第5頚神経(C5)から第8頚神経(C8)の4か所と、第1胸神経(T1)の計5か所を根っこにしています。

5つの根っこは最初に3つの幹にまとまり、絡まりあいながら、大きくは3つの束になります。
そして3つの束から、また別れたりくっついたりして、腕や手を動かす5つの神経へと別れていきます。

今回、自分の場合はC5とC6が引き抜けてしまったそうです。


見ても分かる通り、C5とC6は肩を動かしたり肘を曲げる(支える)ための神経の出発点なので、肩と肘が動かなくなった訳です。ただ、肘を伸ばす筋肉はC6からC8の配下なので 、肘を曲げられなくても伸ばすことができるのは、そんな理由からですね。

それにしてもC5とC6って、かなり広範囲にかかわっていることに驚きました。

茎の途中で折れたのなら、そこでつなぎ直すことも出ますが、根っこから抜けてはどうしようもありません。 もう元には戻せません。

そこで考え出されたのが、神経移行という名の「接ぎ木」です。

根っこの残っている神経の枝を借りて、根っこの抜けた神経へ神経移行するのだそうです。
これで神経が通いだせば、また筋肉も動き出すということです。

今回は尺骨神経一部移行術(オバーラン法)で、尺骨神経の一部を筋皮神経に持って行って、上腕二頭筋を復活させるのと、副神経移行術で僧帽筋まで行っている副神経を肩甲上神経につないで棘上筋を動くようにするのが目的です。

神経が通いだすまで数か月の時間がかかるそうですが、うまく通いだせば、ある日とつぜん、ピクリと反応するそうです。

そうなれば腕が動くようにリハビリをすることになりますが、リハビリにはサイバーダインのHALを使うそうです。それはそれで今から楽しみです。

不幸にも反応が起きない場合は、別の再建方法を検討することになります。

それから手術メニューに、腕神経叢展開とありましたが、これは損傷を実際に目視で確認したそうです。これまでの検査で「引き抜き」であるこことは、ほぼ間違いなかったのですが、やはり抜けているのが確認できたそうです。

副神経移行も同じく首のところで施術したそうです。

尺骨神経部分移行というのは脇の下です。

術中電気診断というのが、前日に行った電極カテーテルを使っての診断です。

尺骨頭切除は、曲がってくっついた尺骨の頭を切除したようです。

橈骨が粉砕骨折で短くなったしまったので、尺骨が長くなってしまった結果、曲がってきてしまったようです。これにより手首のくるぶし(尺骨茎状突起)が飛び出してきたうえに、手首の回転を妨げるということで、プレートをはずして、骨折部分から尺骨頭を切除したそうです。

手首を支えているのは橈骨なので、尺骨は切っても差し支えないということです。
また、頭がなくなってしまった尺骨は、尺骨に沿って走る腱に結び付けてあるらしいです。

それに橈骨のプレートも背側側は抜いたしまったとのことです。

橈骨の粉砕骨折は未だ粉々で、尺骨は途中でちょん切ってって、、、なんか、外科手術って聞けば聞くほどすごいですね。